「…もう、噎せないんだな」

 キスを終えると、渉はそういって、悠の背を撫でた。

「…オレは…」

「あの先輩がかなり下手だってことだろうな。無茶苦茶未開発もいいとこだもんな。キスで噎せるし、フェラも下手だし。まあ、いれりゃあ極上だから、そんなの気にならないかも知れないけどな」

「…的場、オレは本当に水谷先輩とは…」

「嘘つかなくてもいいよ。下手な機嫌取りは本気でむかつくから」

「……」

 本気で怒った顔で睨まれて、また何もいえなくなる。

 嫌われているのだろうかと思う。

 特別好かれてはいないのだけは分かる。

 時々冗談みたいに優しいかと思うと、先ほどのようにわざと傷つけるようにひどいことを言う。

 そして、そのどちらも悠の表情を伺っているのが分かるのだ。

 優しくして、それから傷つけて。

 悠の心が次第に凍っていくのを渉は楽しんでいるようだった。

 おもちゃのように思われているのかも知れない。

 いっそ凍り付いてしまえたらいいのに、時々優しい言葉や態度を見せられると、それに縋ってしまう。

 好きというこの感情を渉は分かっていて、やっているのだろうか。

「いいな、羽住。あの男とは別れろよ。いつまでもずるずる付き合ってるの、分かったら、写真ばら撒くからな。いいか」

 けれど、的場は水谷と悠が付き合っていると思っている。

 おもちゃを独占したい、子供のような感覚なのだろうか。

 そう思えばどこかで納得できた。

 特別に思われているなんて、思わないほうがいい。

 そのほうがこれ以上傷つかなくてすむ。

「羽住、こっち。先に舐めろよ」

「…分かった」

 今日は家に帰れそうにない。

 悠は渉の言葉に従って、彼の下肢にひざまずき、言われるまま奉仕を始めた。

 下手だといわれても、やっているうちに多少は上達するものなのかも知れない。

「…羽住…」

 渉の息が上がり、喘ぐように悠の名を呼びながら、髪に指を差し入れる。

 もっとと喉の奥まで突き上げられ、噎せそうになったが、必死で耐えた。

 それでも、息苦しさと切なさに涙が沸いてくる。

「もう、いい」

 もう少しと思ったところで、引き剥がされる。

 その感情が顔に出ていたのか、渉は悠を見ると、ふっと呆れたように笑った。

「お前、こいつをもっとしゃぶりたかったって顔してんぞ。本当、下手なわりには欲だけは一人前なんだよな」

「…ッ…」

 悠は渉のあまりのいいように下を向いてしまったが、その顎を掴まれて、無理矢理上を向かされた。

「ほら、後ろ向いて、膝立てて、ケツ、こっちに貸せよ。ほら」

 渉が乱暴にいうのに、悠は言われるまま、渉に従った。

 ベルトが抜かれ、ジーンズを下着ごと膝まで下げられる。

 寒いと思う間もなく、秘められた部分に指が入れられた。

 何かクリームを絡めた指は難なく中まで入ってくる。

 異物感と情けなさに声が上がりそうになったが、必死で耐えてシーツを噛んだ。

「ほら、力抜いて、緩めろよ、中まで入らないだろ」

「…うっ、…うぅ」

 渉の言葉に必死で悠は体の力を抜いた。

 ずるずると後ろを動き回る指を感じる。壁にローションを塗りこめられ、濡れるはずのない場所が水音を立てる頃には悠のそこは渉を受け入れる準備を完了していた。

「じっとしてろよ」

 渉がそういうと同時に中に渉の熱が入ってくる。

 熱い塊が体の芯を貫いて、悠の柔らかな部分まで蹂躙しようとしている。

「…はっ、…はっ」

 単調なリズムと渉の喘ぎ。悠はそれに目を閉じた。

 渉の手が悠の体を這い回る。おもちゃや道具だと思うなら、そんなことをしてほしくない。

 触られると、その手に優しさを感じて縋りたくなる。

 そんなことはあり得ないのに、それでも。

 やがて、渉が悠の中で薄い膜越しに放ったのに、悠は小さくしゃくりあげた。

「…お前、たちもしないんだな」

 渉は悠の中から出ると、全く反応していない悠に呆れたように言った。

「それともあれかよ、操立てでもしてるってやつ?やられてもいかないよって。でも、やられてる時点で無駄じゃないのかよ、それって」

 最初に渉に蹂躙されたときから、どんなに渉が悠の体に愛撫を加えても悠は反応しなかった。

 自分でも不思議だったが、萎縮したまま、たちもしないのだ。

 そんな悠を渉は水谷への想いで反応しないのだと思っているようだった。

 そんなものは何もないといっているのに、渉は認めてくれなかった。

「シャワー、貸してくれ」

「帰る気かよ」

「……」

 本当は朝練があるから帰りたい。ここに泊ると、翌朝、準備に一度家に戻らないといけないから、ひどく面倒なのだ。

 思わず口ごもり、悠は渉を見た。

「…どうしたら、いい?」

「…どうしたら、って」

 悠の言葉は渉の予想していなかったものらしい。

 驚く彼に悠は言った。

「オレはどうしたらいいんだ?」

「どうしたらって、お前はどうしたいんだよ」

「……」

 こんなふうに尋ねてくるから諦めきれないのだ。

 悠は小さくため息をついた。

「…オレの自由はないんじゃないのか、的場」

「…羽住」

「オレは脅迫されているんだろう?お前の言うとおりにするしかないんじゃないのか?」

「……っ」

 悠の言葉になぜか渉は驚き、一瞬傷ついた顔をした。

 だが、その渉に悠は気づけずに俯いた。

「…明日朝練があるから、本当は帰りたいけど、お前が帰るなというなら帰れない…」

 恐らく、先ほど蹂躙されたせいで気持ちが弱くなっていたのだろう。

 ひどく悲しくなってきて、涙が零れた。

「…羽住、お前…」

「…もう、こんなの…」

「……」

 渉は泣く悠に黙っていたが、不意にその腕を掴むと抱き寄せた。

「…的場」

「ぐずぐず泣くなよ、バカヤロ」

「……」

 また鬱陶しいと思われたのか。

 悠は抱きしめられても、その背に腕を回すこともできず、下を向いた。

「鬱陶しいんだよ、泣かれると。しかもお前、でかい図体して、メソメソと」

 渉はひどい言葉を投げつけて、それでもなぜか悠を抱きしめる手だけは優しく、その背を撫でた。

「明日、オレは仕事だけど、マネージャーが迎えにくるから、その車でお前んちに行って、荷物とって、学校に送ってやるよ。朝練の前に自主練してんだろ。だから、6時半に学校につけばいいんだろ、それで平気なんだろ」

「…的場」

 もっとひどいことを言い続けられるのだと覚悟していた。

 なのに、渉の口から出たのはそんな言葉。

「…オレ…」

「だから、泣き止めよ。…ったく、言い過ぎた、だから泣き止め」

「……」

 謝っているつもりなのだろうか。

 ぶっきらぼうに乱暴な言葉を投げつけた渉の顔を思わずまじまじと見つめると、渉はどこか照れくさそうに顔を赤くしていた。

「顔、赤いぞ」

 思わず、そのことを指摘すればうるさいと返された。

「いちいちうるさいんだよ。シャワー浴びに行くんだろ、ほら、立てよ」

「あ、だ、大丈夫、一人で立てる」

「嘘つけ、いくら鍛えてるっていってもふらふらじゃないかよ。それくらいさせろ」

「…的場」

 なんだか、優しくされている気がする。

 そう思うと、少し嬉しくなって、悠は笑って渉を見た。

「…ありがと…」

「……」

 その瞬間、渉の顔が驚いたものになって、それからどこか嬉しそうに切なげに目が細められた。

「…的場」

「…人の顔、じろじろみんな。いくらオレが男前だって言ってもなあ」

「そうだな」

 悠は一瞬警戒を解いていた。

「的場の顔はとても綺麗だと思う。それに努力家だし。的場はすごいな」

「……」

 本当に本心からそういったのだ。

 けれど、渉は顔をぐっと背けると、不快そうに言った。

「下手なお世辞言ってんな。お世辞言ったって、やることはかわんないんだからな」

「……」

 渉の言葉が胸に刺さった。

 そうだった。

 一瞬忘れかけていたけれど、渉は悠の脅迫者で、渉は悠を支配し続けるだろう。さっきも写真を撮られていたのを分かっている。

 そうやって、脅迫のネタは増えていっているのに。

「…そうだったな」

 悠は小さく言った。

「もう少しで忘れるところだった。ごめん」

「…羽住」

「シャワー、自分で浴びてくる。お前の手を煩わせたりしないから」

 悠はそういうと、渉の手から離れ、違和感のある体を引きずりながら、シャワーを浴びにバスルームへと向かった。

 そのとき、一瞬でも振り向く余裕が悠にあったならよかったけれど。

 静かに寝室のドアは閉じられて、二人の間にまた壁ができた。











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2009.1.24

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