10
翌日、渉は悠に話した通り、渉を迎えにきたマネージャーの車に悠を乗せ、悠の自宅を回って学校に送ってくれた。
「渉にこんな友達がいたなんて、よかったよ」
渉のマネージャーは人のよさそうな、湯原という男性で、優等生然とした悠を気に入ったようで、にこにこと話しかけてくれた。
「いや、それは…」
友達なんかではないのに。
けれど、本当のことなんて言いようがなくて、悠は口ごもるだけだった。
「湯原さん、オレと友達なんて、羽住が困ってるよ。羽住はね、オレの勉強を見に来てくれただけなんだから」
その悠の隣で、渉が面倒くさそうにそういう。
その言葉に一瞬傷ついたが、何も言えなくて、俯くと、その悠に湯原の声が聞こえた。
「じゃあ、家庭教師?」
暢気そうな湯原、その湯原に渉はああと頷いた。
「そうだよ、家庭教師」
「へえ、家庭教師を買って出てくれる友達か、いいねえ」
ところが、湯原は全く違った解釈をしたらしい。
そんなことをいう湯原に渉は困った声を上げた。
「だからさ、湯原さん、…って、もう」
渉はもう一度否定しようとしたが、湯原に何を言っても無駄だと思ったのか、言葉を切った。
「……」
あの渉が軽くあしらわれている。
なんだかおかしくなって悠がくっくと笑っていると、渉が不機嫌そうな声を上げた。
「何笑ってんだよ」
「…いや、なんだかすごいなと思って」
「すごいって、何が」
「的場が全然敵わないんだなと思って」
悠の言葉に渉は何か嫌味でも返すかと思ったが、それは違った。
「そりゃあ仕方ないだろ。オレをスカウトして、ここまで仕事ができるようにしてくれたのは湯原さんなんだから。頭が上がらないんだよ」
「…へえ」
「なんか文句ある?」
「いや」
悠は渉の言葉に首を振った。
「そういう恩人っていうのは誰にでもいるんだな」
悠にとっては、それはあの水谷になるのだろう。
剣道部の入部当時の陰湿なイジメも水谷がいたから耐えられた。
彼が見てくれていると思うから辛い練習だって、こなせたのだ。
この朝練前の個人練習も水谷の薦めがあったからだ。
通常の朝練に出ると、悠のせいで公式試合に出られなかったと思っている先輩がひどい妨害をしてくる。だが、朝練の前から来ていれば、道具を隠されることも変に場所を狭められて素振りもできないようなひどい目に遭うことも少ないのだ。
そうやって、水谷は見えない場所で悠を助けてきてくれた。
慕うのも当然の相手。
だが、それは渉が思うようなものではなくて、ただ兄を慕うようなものだった。
「はい、着いたよ」
「あ、ありがとうございました」
思ったよりもずっと早くに学校に着けた悠は湯原に頭を下げた。
「おい、羽住」
「あ、…なに?」
少し不機嫌そうな声で、渉が悠を呼んだ。
「今日も部屋来いよ、部活終わったら」
「…ああ、うん」
拒めるはずもなく、悠はこくんと頷いた。
またされるのだろうかと思う。
昨日もあれからもう一度された。
なぜかひどく苛立ったらしい渉はバスルームでシャワーを浴びている悠のところにやってきて、その場で悠を犯した。
立ったまま、後ろから抱かれて、無理な姿勢に身体が悲鳴を上げた。
その上、決して反応を起こさない悠に苛立って、悠の下肢を散々嬲り、ベッドに移動してからもひどく責められた。
それでも萎えたまま、反応を返さない悠に渉はひどい暴言を投げつけたりもした。
長い間、嬲られ、最後は気絶するように眠った。
だが、朝になって、時間だと揺り起こされた時には何だか渉は悲しげな顔をしていた。
「オレがそんなに…」
そして、そう言い、その後は口ごもってしまった。
湯原が来て、彼が顔を見せた時には渉は何でもないように笑ったけれど、悠はその顔と言葉が忘れられなかった。
「分かった、行く」
諦めたように笑って言えば、渉は悠の顔を覗き込んだ。
「…鍵、持ってるよな」
「あ、…ああ」
携帯にストラップ代りにチェーンでつけてある。
見ているはずなのに、何を今更なぜ確認するのだろう。
悠が首を傾げるのに、渉はならいいと悠から顔を背けた。
「あの、じゃあ、ありがとう、ございました」
悠はもう一度湯原に頭を下げ、車を降りた。
「羽住くん」
ドアを閉めた悠に、湯原はわざわざ窓を開けて呼び止めた。
「はい」
「渉のこと、よろしくね。ワガママなやつだけど、根は優しくていいやつなんだよ。ちょっと泣き虫だしさ。可愛いやつなんだ。だから、仲良くしてやって」
「……」
湯原の言葉になんと言って返せばいいのか分からなくて口ごもった。
その悠に渉が湯原に言う。
「湯原さん、もういいから、車出してよ。現場行かなきゃ」
「あ、そうだね」
渉に促されて、湯原は頷くと、悠に向かってまた笑いかけた。
「じゃあ、またね、羽住くん」
「あ、はい、ありがとうございました」
もう一度そう言って頭を下げた悠に湯原は車を発進させていってしまった。
その車が行ってしまうのを悠は黙って見つめていた。
本当ははいと答えたかった。
仲良くしたかった、渉と。
他のクラスメートが渉の肩を叩くのを羨ましく見ていた。
恋が実らなくとも、渉の側にいるのが自然に思われるような人間になりたかった。
けれど、性格も、行動範囲も付き合っている人間のタイプも違う悠にはそれは叶わない希望だった。
「…辛いな…」
ぽつんと零す。
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2009.2.1
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