それから、時々気まぐれに渉は悠を呼び出した。

 とはいえ、気を遣ってくれているのか、部活の時間ははずし、その部活後や、部活が休みのときに連絡が入る。

 教室でも同じクラスだというのに全く接触を持ってこなくて、あんなことがあったなんてうそのようだった。

 それでも変わらず渉は悠の脅迫者だった。

「いや、それは過去形だから、そうじゃなくて…」

「えーっと、じゃあ、こっち?」

「ああ、そうだ」

 そして、今は渉に呼び出され、課題の手伝いをさせられている。

『来い』

 という短い命令文が携帯にメールで送られ、なんだろうかと少し怯えながら部屋を訪ねると、課題で分からないものがあったから教えろというのだ。

 何度かこういう呼び出しを受けている。

 最初、代わりに課題をやれというのかと思ったのだが、そうではなかった。

 遊びなれた軽い雰囲気とは裏腹に渉は真面目だった。

 出された課題は必ず何とか自力でこなそうと努力するし、仕事についても渡された資料や台本をきちんと目を通し、台詞を頭に叩き込んでいく。

 こうなって初めて悠は渉の内面を知ることができたのだから、皮肉だ。

「…終わった」

 今日、てこずっていたのは英語だった。ヒアリングは得意らしいのだが、こういう暗記ものには弱いらしい。耳で聞いて会話ができるのに、それを文字にするのができないというのが少し不思議だったが、話すのと書くのとでは全く違うのだと渉が以前言っていた。

「まだ、時間、いいんだろ?」

「…ああ」

 最近帰りが渉に呼び出されるせいで遅い。父母が不審がっていなければいいと思ったが、今まで剣道ばかりで他に友達がいなかった悠に、家においでと誘ってくれる友達ができたことを父母は逆に喜んでいるようだ。

 少し前に渉が自宅に電話をし、父母と話をしたのも原因だろうけれど。

「学校の勉強でついていけないところがあって、それを見てもらっているんです。この仕事を続けていきたいけれど、高校はちゃんと出たいし、できれば大学にも行きたいんです。羽住くんにはその手助けをしてもらっていて、とても感謝しているんです」

 悠が部屋に泊ることになったとき、自宅にそれを伝えようと電話をしたのに、途中で渉が代われといって、話した内容だ。

 父母は丁寧で真摯な渉の言葉にすっかり渉を気に入ってしまったようで、渉の部屋にいくといえば必ず何か料理等の手土産を渡されるようにさえなっていた。

「お、今日は肉じゃがね。定番の家庭料理ってやつか、うまそ」

 今日も悠の母親が渉るにと持たせた料理を渉は嬉しそうに笑って受け取り、皿に料理を移して綺麗に入れ物を洗って悠に返した。

 元々育ちがいいのかも知れない。渉のそんな行為がますます悠の親に好印象を与えていた。

「ほら」

 料理を冷蔵庫にしまった渉は悠に入れ物を返しながら、コーヒーを手渡した。

「……」

 コーヒーなんてインスタントしか飲んだことがなかったが、この家ではちゃんと豆からいれてくれる。その香りに悠は少し嬉しくなって笑った。

「練習は?」

「…明日もある」

「ふーん」

 自分もコーヒーを飲みながら、あまり気のない素振りで答えた渉に悠はそっと彼を見た。

「もう、練習は見に来ないのか?」

 あの日、朝ふらりと現れた渉だったが、あの日以来、剣道部には顔を出していない。

 気まぐれだったのかと皆一応に納得はしていた。

「水谷先輩が来ないのかと気にしていたんだけど」

「……」

 水谷の名を出した途端、渉の雰囲気ががらりと変わったのを感じた。

 ぴりぴりと刺すような痛い気配。悠はカップをテーブルに置いて、渉を伺った。

「あの、的場…?」

「…お前さあ」

 渉は苛立たしげにカップをテーブルに乱暴に置くと、悠の肩を強く掴んだ。

「…的場」

 すごい力だと掴まれた肩の痛みに顔をしかめながら思った。

 その悠の表情にかまわず渉はきつく言った。

「別れろって、オレ、言ったよな?他の男と共有する気、ないんだよ。たとえ、どうとも思ってなくても、突っ込んだときに他の男の精液なんか残ってたら最悪だろ?そういうの、気持ち悪いんだよ」

「…的場」

「何、オレの話なんかしてんだよ、あの男と」

「それは、だって…」

 水谷は現主将だ。まして、中学の時から目をかけてもらって可愛がってもらっている。

 口下手で不器用な悠に対しても水谷は穏やかに優しく声をかけ、悠を待ってくれる。

 兄のような存在で、悠にとっては頼れる先輩でもあった。

「水谷先輩は…」

「こっちこい」

「…的場」

 渉は悠を引きずっていくと、寝室のドアを開き、無理矢理ベッドに押し付けた。

「的場っ!」

 何度か抱かれてはいる。乱暴にされたこともあるけれど、それでもこんなふうに無理矢理ベッドに放り投げられてコトを始められたのは最初のとき以来だ。

 思わずあのときの痛みと恐怖を思い出して身を縮めて体を小さく抱え込んだ。

「…羽住」

 てっきり叱られると思っていた。

 さっさと体を開けといわれるのだと。

 だが、渉はそうはせず、小さく舌打ちをすると、悠の髪をそっと撫で付けた。

「そう、怯えんなよ。怖いことしないから、気持ちよくなるだけだし。おい、萎えるだろう?」

「……」

 優しげな声色だけれど、一度こわばった体の力は抜けない。

 渉はため息をつくと、身をすくめた悠をそのまま抱きしめて、そっとうなじや頬にキスを落とし始めた。

「…ふっ…」

 優しいキスに体のこわばりが解けていく。

 大丈夫なのだろうか、乱暴にされないだろうかと、怯えながら目を渉に向けると、優しげに微笑む渉の顔が目に入った。

「…的、場…」

 喉が緊張からひりつく。その悠に渉は少しだけ苦笑いして、そっと額に唇を押し付けた。

「あんま、オレを怒らせるなよ。何すっか、自分でも分かってないんだから。ほら、口開けな、キスの仕方くらい、分かるだろう」

「……」

 渉に言われて、悠は恐る恐る唇を開いた。

「そ。そうやって口開いて、舌見せて、誘ってみな。教えただろ、オレとどうやってキスするのか」

「……」

 まるで催眠術だ。

 言われるまま唇を開いて、そっと渉の口付けを待った。

 渉は満足そうな顔をしながら、悠のその唇にキスをした。

「…んっ…」

 柔らかな舌が入ってくる。最初は慣れなくて、キスをするだけでひどく噎せた。だが、そのたびに渉はひどく悠をなじったため、必死になって覚えた。

 下手だなんだとなじられるたびに泣きそうになる。好き好んでしているわけではない。それこそもするならこんなキスじゃなく、甘いキスがしたかった。思い思われて交わすキスを想像していたというのに。

 けれど、それでも悠は渉に不快そうな顔で見られるのがいやで、キスに慣れようと渉にキスをされるたびに必死で舌を絡め、彼の動きについていった。











back / next
2009.1.17

back / index / home