5
翌日、身体は痛んで悲鳴を上げている上に、傷を負ったために熱っぽかったが、それでも悠は学校に変わらず登校した。
しかも、朝練の前に今まで行っていたように自主練習をしようと剣道場に来ていた。
こんな日くらい休もうかと思いもした。
だが、じっとしていると、昨日のことがいつまでもフラッシュバックして、悠を苦しめる。辛くても身体を動かしていれば忘れられるかと思ったのだ。
けれど、やはり身体の動きは自然と悪くなる。
素振りの腕の上げ下げもどうしても鈍く、上がりが低くなる。そんな自分の動きの悪さにイライラしてくるに連れ、やはりやめた方がいいかと思ったが、諦め悪く続けていた。
その時だった。
ようやく他の部員が来たのか、外が賑やかになった。
「おはよう、今日も早いな」
先頭になってはいって来たのは水谷だった。
「…おはようございます」
彼の顔を見るとやはりホッとする。思わず笑みを浮かべて頭を下げ、上げた瞬間、その目に飛び込んできた人物の姿に身体が竦んだ。
「よう」
渉だった。
制服を着崩したいつもの格好で、渉は水谷の後ろについて入ってきたのだ。
「同じクラスなんだってな、見学したいっていうから、連れてきたよ」
水谷は相変わらずの穏やかな表情でそういって、渉の肩を叩いた。
「隅ですまないけど、そこで見ててくれ。特に悠は型が綺麗だからな、見本になるよ」
「へえ、そうですか、オレ、同じクラスなんだけど、そういうの疎くって。都大会も常連なんですよねえ」
「まあな、悠のおかげで来年もうちは安泰だよ」
水谷はそう言うと、渉が道場の隅に座ったのに悠の元へ近づいた。
「的場っていうのはモデルとかやってる有名人なんだってなあ。なんかそのモデルの立ち方のヒントに部を見学したいって言って、さっき来たんだよ、部室に」
「…そう、ですか」
水谷は渉のことを知らないらしい。
そう言って笑う水谷に、悠は渉の真意が分からなくてただただ身を竦ませた。
もしかして、昨日のことを部の連中にふれて回る気なのだろうか。
いや、それならもうとうにそうしているだろうし、わざわざ朝早くからこんな退屈な練習に付き合う必要もない。
彼の考えていることが分からない。
どこかひどく怖くもなって、悠は竹刀を握り直した。
何を考えているのだろう、昨日で終わりではないと渉は言っていた。これから何かをまた強要する気なのだろうか。
「……」
視線を感じる。
刺すような視線だと思った。
視線の先にはきっと渉がいる。
何となく、そう思った。
「……」
悠は必死でがむしゃらに素振りを行った。
むちゃくちゃなのは分かっている。これは練習というよりも八つ当たりに近い。それでもやめることができなかった。
「悠」
その悠に水谷が気づかないはずがない。
水谷の声が怒気を含んで悠を呼んだ。
「お前、何しにここにきた」
「……」
珍しく水谷に怒られている悠に皆の注目が集まる。
「…練習、です」
その視線をいたたまれなく思いながら、悠は小さく答えた。
「そうか、まだそう思っているなら、今日は休め。お前、何かおかしいぞ」
「…はい」
「大会も近いんだ。下手なことをやって体を壊されたらたまらないからな。放課後も来る必要はない。顔色もひどく悪い。きっちり休め、いいな、悠」
「はい」
体調が悪いのは本当のことだ。実際、こんな調子で竹刀を振るって、何かあればことだろう。
悠は言われるまま俯いて道場を出た。背中に練習する仲間の声が聞こえて、ひどく辛い。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
渉を好きだと思う気持ちは悠が持つには分不相応だったということなのだろうか。
想うだけでも許されなかったのか。
好きな相手にされたひどい行為は心も疲弊させる。
「…ふう」
部室で制服に着替えると、そのまま部屋の隅に置かれた長椅子に横たわった。
じりじりと鈍痛が体の奥から響いてくる。寝返りを打つのも辛い。
皆が帰ってくるまでの少しの時間をここで休ませてもらおうと目を閉じた。
「…羽住」
そのときだった。部室のドアが開き、誰かが入ってきた。
「……」
目を向けた先にいたのは渉だった。
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2008.12.19
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