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「…え」
「お前が好きなんだよ。一年の時、朝練しているお前を見た時から、ずっと好きなんだ」
「…的場」
「…こんなことして、信じてもらえないかも知れないけど、オレはお前が好きなんだ。すごく…好きなんだよ」
「……」
にわかには信じられなくて、悠は思わず目をテーブルに落とした。
テーブルの上には携帯とチップの残骸。
真っ二つにおられたそれは無惨な姿をさらしていた。
「…的場」
「…もう絶対にしない、だから、剣道部続けろよ」
「……」
いくら鈍感な悠だって、渉の真意くらいは分かる。
渉の言葉は真実だと、悠は思った。
「…的場」
「うん…」
呼ばれて、渉は泣きそうな顔を悠に向けた。
「…脅されたって、あんな写真、全然証拠にならないの、知ってたか?あれくらいのこと、防犯カメラの映像を見れば、すごく簡単にオレの無実なんて証明できたんだよ」
「…そう、だな」
「でも、オレはお前の脅迫から離れなかった。…分からないかな、的場」
「…分からないって、それ…」
渉は項垂れていた顔を起こして、悠をじっと見てきた。
その渉に悠は思わず微笑んだ。
渉にはついぞ見せたことのなかった穏やかな微笑。
渉は毒気が抜かれたように悠を見た。
「…お前」
そして、渉は信じられないといった風情で悠に問いかけた。
「…もしかして、脅迫、わざと受けてたのかよ」
全面的にそうだとは言えない。
けれど、無実の証明くらいできたのにしなかったのは悠の感情の問題だ。その上でこの部屋に通ってきた。
呼ばれるまま、犬のように従って、命じられれば同性相手に足を開いた。
そんな惨めで悲しい行為を許していたのは渉への感情があったからだ。
「…全部そうとは言えないけど」
悠はそう言って、携帯やチップの残骸を手で触った。
「でも、オレはお前のところに自分の意志で通ってたんだ。脅されてはいたけど、ここで お前に会えるのは楽しみだった」
女との情事を見せつけられるのだけは嫌だったけれど、自分に向かう欲望は、そうだと感じれば感じるほど嬉しかった。
あの渉がこの男の身体で固くなる、そう思うだけで夢見心地にさえなったのだ。
「オレも、お前が好きなんだ、的場」
悠はぽつんとそういって、渉を見た。
「…嘘」
思わず零した渉に悠は苦笑した。
「…こんなことで嘘ついたって、何も得することなんてないだろ。逆に馬鹿みたいで。…脅迫してきていた相手のこと、馬鹿みたいにずっと好きだったなんて」
「…羽住」
渉が信じられないという顔をしているのに、悠は口下手でも言わなければと口を開いた。きっと盛大に後悔して、自分を責めている渉にもう後悔しなくていいと言ってやりたかった。
「お前と同じだ。あの朝練で会ってから、ずっとお前が好きだった。…努力が綺麗だって言ってくれた、その言葉が嬉しくて、オレはお前が好きになった。知らないだろうけど、あの当時のオレの部での立場は最悪で、あの練習だって、早くから練習に来ないと練習を妨害されるから、練習する時間がないから仕方なくしていたんだ。だから、あんな早くに学校にきていた。練習なんていつどこでやったって同じだけど、本当はあの練習は辛かった」
今では慣れたけれど、毎朝誰よりも早くに学校に行き、素振りを繰り返す、その練習が自分は部で疎まれているのを証明するようでひどく切なかった。
本当は泣きたくなったことも何度もある。好きなことをただやっているだけ、それが認められて嬉しいはずなのに、そのせいで人から疎まれる。
悲しくて寂しくて、泣きながら竹刀を振ったことだってある。
人がいうほど強くも無神経でもなかったのだ。
「でも、そんなときにお前がきて。…嬉しかった、見る人にはちゃんとわかってもらえるんだって。一所懸命しかできないけど、そんなオレの努力を見てくれる人はいるんだって。…嬉しくて。でも、なかなかお前と話をする機会がなくて。同じクラスになっても、付き合う友達も全然違うから、話なんか到底できなくて、でも、大会に出場するってなったら、応援にきてくれって、言えるかなって。だから…」
「だから、剣道部、やめたくなかった…?」
悠の言葉を引き継ぐように言った渉に悠は軽く頷いた。
「それしか、オレにはないから…」
「……」
悠の言葉に渉はなんとも言えない表情になって、やがて、その場に蹲った。
「…的場?」
「…オレは、馬鹿だ…」
「……」
渉はそういって、頭を激しく掻いた。綺麗にセットされていた髪が無残にもぐしゃぐしゃになっていく。
「最初っから、お前に声をかけてればよかったんだ。練習ずっと見てたとか、何とか。…なんで、あんなこと…」
「…的場」
「ごめん、羽住、ごめん」
「……」
何度も謝る渉にいたたまれなくなって、悠は渉の肩に触れた。
びくりと震えた肩に目を細めた。
「もう、いい。もういいよ、的場」
「…羽住」
うつむいたまま、顔を上げない渉に悠はソファーから降りて、渉の前に座った。
「お前にひどいことされても嫌いになれなかった。女の人ととのああいうの、見せられてもひどいって思うだけで、嫌いになれなかった。…あの写真はオレがここに通ってくる理由だっただけ。オレは今もお前がただ好きなだけだ」
「…羽住」
悠の言葉にゆっくりと上げられた渉の顔はとてもじゃないが、見られたものではなかった。涙で汚れて、鼻も目も真っ赤で、とんでもないことになっていて、それでも愛しかった。
「…こんなオレは変か。こんなことされてもまだお前が好きだなんて。…嫌いになるには想っている時間も深さも大きすぎたんだろうけど」
「…羽住」
「的場、好きだ」
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2009.4.25
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