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「……」
小さくそういうと、渉はクッと口の端をあげて殊更意地の悪い笑みを作った。
「じゃあ、ちょっと外で待ってろよ。逃げたら即効でこいつ、協会行きだから」
渉はそういうと、コンドームと悠が持っていたパンを持って、レジへと向かった。
その姿に悠は黙ってそこに立っていたが、外で待っていろといわれたことを思い出して外に出た。
何を要求させられるのかなんか分からない。
けれど、頷くしかできないだろう。
確かにあれをポケットに偶然落ちたのを返したところだと悠が主張すれば悠をよく知る人間は信じてくれる。けれど、協会の人間は信じないだろう。
清廉潔白であることを学生スポーツではどうしても望まれる。他の学生がしても許されることを許されない。
まして、万引きは犯罪だ。喫煙や飲酒よりも厄介だ。
どうしたらいいのだろうと、悠は地面を睨んでいた。
「お待たせ」
そこに渉が戻ってきた。
「じゃ、行こうか」
「…どこに?」
歩き出した渉に慌てて追いながら、言えば、渉は振り向きざま笑っていった。
「イイトコ」
「……」
いつもならあの笑顔で幸せになれたのに、今は怖いばかりだ。
どうしたらいいのだろうと思いながら、悠は黙って渉について歩いた。
渉が向かった先はマンションだった。最近建ったばかりの賃貸マンション。セキュリティーが整っているのが売りで、その反面とても賃貸料が高いので、いったいどんな人間が住むのだろうと噂になっていた。
「ここは…」
渉はそのマンションに何の躊躇もなく入ると、玄関ドアを暗証番号を打ち込んで開いた。その慣れた様子に悠が不思議に思ってたずねると、渉は開いた玄関ドアをくぐりながら答えた。
「最近、自宅がファンの子にばれちゃって、張り込まれてんの、で、事務所がならってオレの部屋として用意してくれたってわけ。ここなら完全にオートロックだし、セキュリティーも万全だからね、問題なしってことで」
「…そうか」
やはり住む世界が違う。渉の事務所は普通に働いている人間でも高いと思える家賃を簡単に払って渉を住まわせる。それだけの価値を渉に見出しているということだろう。
普通の、少しばかり剣道が強いというだけの悠とはやはり違う。
「何してんの、早く来なよ」
「…分かった」
なかなか中に入ってこない悠に痺れを切らしたように渉が言うのに、悠は慌てて中に入った。
そこからエレベーターで十二階まであがった。十五階建のマンションの十二階に渉は住んでいるのだ。
「こっち」
その十二階の一番エレベーターから遠い、角の部屋へと渉は悠を連れていった。
そして、また暗証番号と今度は鍵も付け加えて、面倒な段階を踏みながら部屋に入った。
「ここ、オレの部屋」
「…そうか」
中に入って、灯りをつけられると、そこがどんなふうになっているのかが一気に目に飛び込む。
モノトーンに固められた部屋。何もない部屋はどこか寂しかったけれど、渉には似合っていた。
「…お前、らしいな」
「そう?マネージャーなんかはオレのイメージじゃないって言ってたけどね。オレって、おもちゃ箱をひっくり返したようなイメージがあるらしいから」
「…そう、だな」
普段の明るい表情を見ればそんなふうに思うかも知れない。
けれど、あの寂しげで悲しい顔を見ている悠にはそうは思えなかった。
「でも、こっちの方がらしいと思う」
静かで落ち着く部屋。
そんな部屋を自分の部屋だといわれたほうが悠の中の渉に似合うと思った。
「…そう」
渉は一瞬考えたように口ごもったが、やがて口調を変えた。
「ほら、これ、パン。食おうと思ってたんだろ」
「あ、ああ」
ぽんとパンを渡されて、そういえば買ってもらってしまったと悠は渉に金を払うと言った。
「立て替えてもらってしまった代金、払うから」
「いいよ、それくらい。百円にもならなかったんだし。もらっとけば」
「……」
百円でも普通の高校生には大きいときがある。
それが渉にはたいしたことがないのだ。
「…そうか」
ありがとうと言ったほうがいいのかと思いつつ、悠はパンの袋をぎゅっと掴んだ。
その悠を渉はしばらく見ていたが、やがてくいと一番奥の部屋をさした。
「あの部屋、先入って」
「え?」
「とにかく、入って」
「……」
少し焦ったように言う渉に悠はどういうことだろうと思いながら、その部屋のドアを開けた。
「……」
モノトーンの部屋の中央に、置かれた大き目のベッド。
寝室なのかと、そう思った瞬間、後ろから抱きしめられた。
「…え…」
「ホント、羽住って警戒心ないんだな」
「…的場?」
「ベッド見て、何か感じないわけ?」
渉がくすくすと笑いながら、悠の体を強く抱きしめる。
別に悠は背の低いほうでも、体格の小さいほうでもない。身長は一七五はあるし、体格だって剣道で鍛えているから結構立派だ。だが、一八〇以上あるという渉の腕の中に抱え込まれていた。
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2008.11.15
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