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好きな人がいました。
とてもとても好きな人がいました。
元々の不器用と口下手で、話もまともにその人とはしたことがなかったけれど、とても好きだった。
綺麗に鮮やかに笑う、本当にその笑顔が素敵で、きらきらと輝いている、そんな人。
けれど、好きになったのはそんなところじゃなくて、少し寂しそうな顔になった、そんな瞬間を見てしまった時でした。
いつものきらきらとした笑顔が一瞬曇る瞬間、その瞬間を見たとき、できたらその寂しさを分かち合いたいと思ったから。
けれど、それは叶わぬ夢どころか、願ってはいけないことだったのだろうか。
「結構いけっかも」
今、ひどく熱いものが体の中を行き来している。
犯されているのだと、今更知って、羽住悠は目を閉じた。
そして、自分を犯しているのがその好きな人であるということに、幸福よりも絶望を感じていた。
この数分前、悠はコンビニにいた。
クラブ帰り、買い食いは校則で禁止されているのは分かっているけれど、クラブで散々消耗した後はどうしても腹が減るもので、パンでも買って食べながら帰るかと思ったのだ。
そして、いつものようにパンが置いてある棚にいき、物色していた。
この間、CDを買ってしまったから、あまり持ち合わせはない。できるだけ安いものがいいなと思っていた。
帰れば晩御飯もあるからいいかとパンをひとつだけ持ってレジに回ろうとして、不意に棚のものが目についた。
「……」
手のひらに収まる程度の小さな袋に入ったもの。
何がそんなに興味を惹いたのかなんて分からないけれど、気になって手にとってまじまじと見たが、その正体が分かって驚いてしまった。
「…ッ…」
顔が熱を持ったように熱い。
はじめてみるもの、触れるもの。
コンドームだった。
イマドキの高校生というものはきっとこういうものも見慣れているのかも知れないけれど、悠には初めて見るものだった。
今年高校2年になったけれど、一度も誰かと付き合ったこともないし、周りでそういう話をしているのもあまり興味がなくて混ざることもしなかった。
こういう飴でも入っているかのような可愛い袋に入っているものなんだなと思った。
これなら女の子が嫌がることもないとか、そういうことなのだろうか。
見慣れたキャラクターが描かれているその袋を棚に戻そうとしたとき、手が滑った。
「…ぁ」
こういう偶然もあるらしい。
制服のブレザーのポケットに袋がするりと落ちたのだ。
上手く入ったものだと、おかしくなりながら、ポケットから拾い上げ、棚に戻したときだった。
「はーずみ」
「……」
少し甲高い、けれど甘い声。
時々聞くその声に悠は小さく身を強張らせた。
「よう」
「…的場…」
的場渉。
カラフルな色のキャップを被り、淡いピンクのトレーナーを着た、まるで雑誌から抜け出たように見目のいい男。実際、ファッション雑誌でモデルの仕事もこなしていて、その容姿の端麗さは本物だった。
そして、悠のクラスメートだった。
「見ちゃった」
「…え?」
驚く悠に渉は先ほど悠が棚に戻したコンドームを手にとって、小さく笑った。
「あの真面目な羽住がこんなの万引きするなんてさ」
そして、声を低く、そういったのだ。
「そ、それは偶然ポケットに…」
慌てて言い訳をする悠に渉は楽しそうに笑った。
「これ見てさ、誰がそうだって信じる?」
「…ッ…」
言って、かざされたのは携帯の画面だった。
画質は悪いが、そこには悠がポケットからコンドームを出している場面が残されている。
「それは偶然ポケットに入って、だから返そうとして…」
「その言い訳さ、何人が信じるんだろうね」
にやにやと、見たこともないいやらしい笑みを浮かべて、渉が言うのに、悠はこれは誰だろうと一瞬思った。
悠の知る渉はいつも楽しげに笑っている男だった。仕事と学校の両立は結構大変なはずなのに、愚痴もいわず一所懸命頑張っている。
将来は俳優になって、映画に出たいのだと友人に言っているのを盗み聞いて、頑張ってほしいと、応援したいと思っていた。
あの時の渉の笑顔は本当に綺麗で、きらきらと輝いていて、悠がその渉に惹かれたのに、今ここでいやらしい笑みを浮かべている男は別人だった。
「ね、剣道部ってさ、今度都大会に出るんだよね、いいのかな、こういうの協会にばれたりとかしても」
「……」
悠は剣道部に所属している。小学校の頃からやってきていてずっと全国大会の常連だ。今の高校を選んだのも剣道部が強く、誘いもあったからだ。そして、その悠を今の学校に強く誘ってくれた先輩の高校での最後の大会になるその都大会はなんとしても優勝したかった。
「…お前」
「こいつ、協会にメールで送ったらどうなるんだろ。それとも雑誌社かな、剣道の雑誌とかもあるんだよな」
「……」
脅されているのか。
そう思った。
悠は渉に脅されているのだ。
「…何が望みだ」
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2008.11.1
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