「的場…」

「あのさあ、羽住」

 渉は悠が持っているパンとカバンを取り上げて、床に落とすと、悠の首筋に唇を落としながら制服の詰襟をはずし始めた。

「オレさ、最近大変なんだよ」

「…的場、お前、何を…」

 制服が脱がされていく。首筋に吸い付かれて、悠は初めて自分の状態を知った。

「そりゃあ仕事がいっぱいなのは嬉しいよ?でもその分プライバシーもプライベートもゼロ。おかげで色々溜まりっぱなしなんだよね」

「……」

 渉の乾いた手のひらが肌を摩り始める。

 ぞわりと悪寒のようなものが背中を競りあがり始めて、悠は震えた。

「やめ、…的場…っ」

「だからさ」

「痛っ」

 渉は抵抗しようとする悠の耳に歯を立てて噛り付いて囁いた。

「やらせて」

 そう言い切ると、渉は悠をぽんとベッドに投げ倒して、慌てて起き上がろうとした悠の上にのしかかった。

「的場…っ」

 逃げようとする悠に渉は上着を脱ぎながら、面白そうに笑って言った。

「別に、言うこときかなくてもいいよ。そしたらあの写メ、協会に送るだけだし、そしたら間違いなく、剣道部は都大会に出られないだろうけど」

「…ッ…」

 なんて、ことだろう。

 呆然として悠は渉を見た。

 その悠に渉は悠の制服を脱がせながら言った。

「ほら、お前の好きなあの何とかっていう先輩、あの人の引退試合なんだろう。それをさあ、お前の万引きでだめにするんだ。どうする?そうしたい?…したくないよなあ。お前、あの先輩には嬉しそうに笑って話をするもんな、好きなんだろ。その人の引退試合、ぱーにしちまいたい?」

「……」

 あの先輩というのは水谷のことだろう。

 悠を今の学校に誘ってくれた一年上の先輩で、剣道部の主将。一年の時からレギュラー入りしていた悠にひがみからひどいいじめをしてきていたほかの先輩や同級生から、守ってくれていた人。剣道の腕は凡才といえたけれど、穏やかで落ち着いた気性は皆に好かれていた。

 悠を一番認めてくれた、兄のような人だ。

 確かに好きだが、そういう兄を慕うようなものなのだった。

「オレは…」

 もし、恋愛感情を向けるとするならば、悠の相手は水谷ではなかった。

 一年のときからレギュラーで都大会のような公式試合で末席でも出場していた悠。

 その悠を悠のせいでレギュラー落ちした先輩はもちろんのこと、同級生の中にも僻みから悠を悪く言い、嫌がらせをするものはいた。

 同級生にいたっては友人だと思っていた反面、嫉妬だと分かってはいても辛かった。

 そんな時、皆に邪魔されないようにと朝練の前に誰よりも早くきて、道場で竹刀を振るう悠に渉が言ったのだ。

「なんか、すげー綺麗だな。努力してる人ってのは綺麗なんだ」

 きっと、渉は忘れているだろう。

 どうして道場に来たのかなんて分からない。いつも皆がくる1時間前からあそこで練習している悠はそんな時間に誰かを見たことはなかった。

 気まぐれなのか、何なのか。

 分からないけれど、渉は剣道場の戸を開き、中を覗いてそんなことを言い、そしてどこか寂しげな顔をして笑ったのだ。

 その後、渉はすぐに消えたが、その言葉と顔が悠の中にずっと消えずに残っている。

 努力していると、言ってくれた。

 贔屓だと特別扱いだと日頃言われすぎて、疲れきっていた悠には嬉しくて仕方のない言葉だった。

 しばらくして、その人物が的場渉という同級生で、学校に通いながらモデルの仕事をこなし、いずれは俳優になるのだと努力している人だと知って嬉しかった。

 どこかで自分と同じだと思ったから。

 普段見ることもないファッション雑誌を開いて、渉が載っているのを見ると嬉しかった。その姿が他のモデルよりも大写りだと分かるとなけなしの小遣いをはたいて買ったりもした。

 情けないほど小心な恋をしていたのだ。

 剣道では攻めが基本だけれど、渉に関してはいつも片隅で見ているだけで、2年になって同じクラスになったというのに、話をしたのは数えるほどだった。

 その数えるほどの会話でも話した日は眠れぬほど嬉しかったというのに。

「オレは…」

「だからさあ」

 何か言わねばと思った悠の口を塞ぐように、渉は悠のシャツを開くと、その乳首に噛り付いた。

「…ヒッ」

 痛みから声があがった。その悠にかまわずぎりぎりと噛み切らんばかりに渉は乳首に噛み付いた。

「女の代わり、してくれない?」











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2008.11.29

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