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「…だから、オレはお前たちを嫌ったことなんて、一度もない」

「…はあ?」

 驚く渉に止まらなくなって、悠は彼にしたら大きな声ではっきりと言った。

「確かに見ていたかも知れない。けれど、それは羨ましくて、だ。…オレは一年のときから大会に出場していて、そのせいで部でも浮いていて、友達も少なくて、クラスでも話せる人間なんて少ししかいない。…お前はみんなに好かれていて、友達も多くて、いつも楽しそうで、オレは…」

 ――――その中に入りたかった。

 本当に言いたい言葉は言わずに、悠はそういいきった。

 その悠に渉は呆然とした顔をした。

「…ちょっと、待てよ」

「…的場?」

 渉は呆然としたまま、その柔らかな髪を乱暴に掻いた。

「お前、オレのこと、嫌いじゃなかったのかよ」

「…ああ。嫌う理由がなかった」

 好きになる理由ならたくさんあったけど。

 太陽のように明るく暖かい渉。彼は覚えていないだろうけれど、渉は悠を救ってくれたのだから。

『努力してる人ってのは綺麗なんだ』

 きっと渉は忘れている。それでもそんな言葉を悠はずっと大事にしてきたのだ。

「…まあ、それも今となったら関係ないけど。あんなことされりゃあさすがに嫌いだろうし」

 渉は動揺している雰囲気を出していたが、それでもそう毒づいて、鼻で悠を笑った。

「……」

 ならば、それでも好きだといえば、どうかしているというだろうか。

 それでもまだ心の中には渉への思いがひそやかに息づいている。

 無体なことをされても耐えられる。ただ、目の前で女性との情事を見せられるのだけは辛かった。それ以外なら何でも耐えることができた。

 それくらいには好きだったから。

 思わず悠は自分がおかしくなって少しだけ笑った。

 その悠に渉は驚いた目を向けていたが、やがて悠の肩を離して背中を向けた。

「今日も来いよな。いいな、分かったか」

「…ああ」

 渉の言葉に悠は小さく頷いた。

 そして、ゆっくりと離れていった渉の背中にそっと目頭を押えた。

「…もう」

 もう、いいだろう、これまで頑張ったから、もう解放してもらってもいいはずだから。

 なんとなく、唐突にもう終わりのような気がした。

 部の雰囲気も十分変わった。皆、大会への士気もそれにつれて変化して、盛り上がってもきている。

 朝練の前の悠の個人練習に混じって竹刀をふるっている部員たち、あれが定例化すればきっと今に皆、うまくなってくれるだろう。

 そう、一人抜けたところで関係ないほどに。

 そこまで考えて、ようやく決めた。

 今日、渉に言おう。

 このいびつな関係を終わらせるために。

 けれど、そうするには渉の体温になれた体が悲しかった。

 抱きしめてくれる腕が嬉しかったのはあんな関係の中に救いを求めていたからだろうか。

 結局、どんなにひどいことをされていると思っても、消せない思いがあったのだ。

「…馬鹿だな、オレは」

 もう少し勇気があったなら。

 渉の友人になれたのだろうか。

 あんなふうに羨ましさから視線を厳しくすることもなく。

 脅迫されて、ストレス発散のおもちゃにされて、そうでしか側に近づけなかったなんて、情けなくなってくる。

 ひっそりと思うだけなら許されるだろう。

 これからもそうしていけばいい。

 ただひっそりと、ただそんなふうに思えばいいのだと、悠は目を伏せた。

 渉に別れを告げる決心がついていた。











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2009.3.21

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