15
嫌いだなんて、逆の思いならば持ち合わせているけれど、そんなことは絶対にない。
なぜ、どうして渉が嫌いなんてことになったのだろう。
「だからさ、ああやって的場が盛り上がってると、お前、目をつり上げて睨んでたじゃないか」
「……そうか?」
悠は身に覚えがなくて、ますます首を傾げた。
そんな悠に彼はため息をついた。
「だってよー、お前、よくおっかない顔で的場をよく睨んでたから。てっきりお前は的場のことが嫌いなんだって思ってたぜ。あいつらもそう思ってると思うし」
「……」
友人の言葉に悠は驚いて、また渉たちへと目を向けた。
すると、悠の視線に気づいた一人が隣の友人の袖を引き、それから渉に何かを言った。
途端、急に会話は小さくなった。
そして、まるで悠を避けるように、的場たちは身を縮め、ぼそぼそと話し始めた。
「ほら、あいつらも思ってるっぽいだろ」
「……」
もし、身に覚えがあるとするならば、悠はあの中に混ざりたいと思って見ていた覚えならある。
何しろ渉との接点が全くなくて、どうやったら話しかけることができるのだろうといつも思っていた。
だから、ああして渉と会話ができるクラスメートが羨ましくて仕方がなかったのだ。
彼らはよくて、どうして自分はだめなのだろうと思っていた。
半ば嫉妬が混じった目で見ていたのかも知れない。
その目をそう思われていたのなら心外ではあるけれど、仕方がないと思えた。
「でも、違うのか?」
「…ああ、オレは的場たちを嫌ってなんかいない」
「そっか」
悠の言葉に彼は満足そうに笑った。
「ならよかった。後で、こっそり言っておくよ。そしたら仲良くなれるかもな」
「…そうだな」
彼の言葉に悠は軽く頷いた。
もう少し早ければそうなれたかも知れない。
今では夢のようだけれど、
その後、予鈴が鳴り、本令と同時に担任が入ってくると、皆静かに席に戻り、出席を取られた。
それから1時間目が終わったところで、トイレに行ってきた悠は教室までの帰り、いきなり的場に攫われた。
「…的場、おい」
渉は悠が何を言おうとその手を離してくれない。
振り払うこともできたけれど、そんなことを悠がすれば渉が手を痛めてしまう。剣道で鍛えた筋肉は渉を傷つけるためではない。
「なあ、羽住」
渉は今は使われていない教室に悠を連れてくると、いきなり壁に押しつけた。
「…痛っ」
したたかに背中を打ち付けて、思わず声が漏れたが、そんな悠を渉は許してくれなかった。
「お前さ、水谷と別れろって言っただろ、何、勝手に会ってんだよ」
元が整った顔立ちだけに剣呑とした表情はひどく怖い。
射すくめられるように、悠は体をこわばらせた。
「…お、同じ剣道部だから、まるきり会わないのは無理だ…」
「そうだな、部活中は仕方ないだろうよ。けど、朝練終わった後までべったりしてるってのはおかしくないか?」
さっきのことを言っているのか。
剣道部の誰かでも言ったのだろうか。
悠がさっきまで部室で水谷と話していたことを。
「お前とあの先輩、元々思い切り噂になってるんだよな。いつも一緒で、それこそ新入部員の時からあの先輩がお前には特別目をかけてたって。この学校にきたのもあの先輩が誘ったからだっていうじゃないか。お前、さっさとレギュラー入りしたもんだから、やっかみ受けて大変だったけど、その間、あの先輩がお前を支えていたってことらしいな」
「…それは…」
確かにそんなところはある。
水谷がいなければ悠はとうにやめていただろう。
どんなに施設が整っていても、指導者がよくても、連日の嫌がらせは悠の精神を削っていき、いつ病気にるか分からなかった。
けれど、そんな悠に逃げ道を作り、少しでも楽ができるようにと色々な方法を考えてくれた。
優しくて大好きな先輩だった。
「あの人はただの先輩だ」
悠は何とかそれだけを言って、渉を見た。
渉の目はひどく険しい。
怖いほどだと思った。
「嘘ばっかりついて。もう少し可愛げがあったらもっと大事にしたのに」
「…嘘なんて」
「ついてないって?それこそ大嘘だっていうのに」
渉はぎりぎりと悠の肩を掴んで強く握った。
その強さに肩が悲鳴をあげようとしている。
「お前さ、そんなにオレが嫌いかよ。さっきだって、ただツレと話してただけだってのに、睨みやがって」
渉の言葉がさっきの友人の言葉を肯定する。
そんなこと、あり得ないのに。
確かにただじっと見ているだけではそう思われても仕方がないけれど、こうも丸きり逆に思われていたとなると切なくなってくる。
悠は必死で口を開いた。
「…嫌ってなんか、いない」
「…何?」
悠の言葉に渉は怪訝そうに眉をひそめた。
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2009.3.14
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