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渉はそれから本当に気まぐれに悠を呼び出すことが増えた。
夜中でも平気で呼び出し、悠はびくびくしながら家を抜け出した。なのに、渉はそういう時に限って部屋を留守にし、悠は帰ることもできず、ずっとマンションの部屋の前で渉を待つはめになった。
渉は自分でそうやって悠を待たせておきながら、部屋の前に立っている悠を見つけると必ず舌打ちをし、不機嫌そうに部屋に入れた。そして必ずそういう日はひどくされたのだ。
また、悠がいる目の前で女性と抱き合うことも平気でした。帰ることも、目を背けることも許さず、終わるまで見せつけ、その上でその後始末を悠にさせた。
惨めで悲しくて、それでも渉に呼び出されれば行ってしまう。
時々、気まぐれに優しくしてくれる渉に希望を見いだすことも少なくなくて。
それでも二人の間にあるのは脅迫するものとされるものという関係だけ。
だが、渉との関係が最悪になっていくというのと、まるで反比例するように、部活はやりやすくなっていた。
「羽住先輩!あの、ちょっと見て欲しいんですけど」
「ああ、分かった」
水谷の言葉を悠は嘘だと思っていたが、彼が他の部員にも悠の個人練習に参加してもいいというと言ったあの日の翌日から、同級生はもちろん、先輩や後輩まで参加してきて、悠と一緒に練習を始めたのだ。
結局、形的には剣道部の朝練が一時間早くなったようなものだった。
「だから、言ったんだよ」
朝練が終わった後、皆が教室に向かったのに、ぼんやりと部室の椅子に座っていると、水谷がやってきて笑った。
「みんな、お前を嫌っていないってな。…そりゃあ、中には朝練にきてないのもいるけど、あれだって、前にお前に嫌がらせしてたから、来づらいってだけで、じきに来るだろうしな。…お前はもう少し自分を認めた方がいい」
「先輩」
「大丈夫、お前は優しいし、イイ奴だから」
「……そうで、しょうか」
本当にそうならどうして渉はあれほど悠をいたぶるのだろう。
脅迫されている身としたら、逆らえない立場にあって、したいようにストレス発散に使われているのだろうけれど。
こんなおもしろみのない男の身体に固執するように抱く渉。
渉がマンションに連れてくる女性は皆極上で、中にはファッション雑誌の表紙を飾っているような女もいた。そんな女性が電話一本で渉の元にくるというのに、悠を脅し続けて関係を持っている意味が分からない。
きっと、物珍しくて、その上いつまでたっても嫌がり続ける悠を屈服させるのが楽しいのかも知れない。
それでもどこか不可解で。
でも、あまりそれは考えないようにしていた。
考えるとどうしてもいいように考えてしまうのだ。
もしかしたら少しは好かれているのではないかとか、身体だけでも気に入ってもらっているのではないかとか。
好きでいるのは辛いけれど、好きでいるしかないと思っていた。
「本当にもっと自信を持て、な、悠」
「……はい」
今だけは水谷のいうことを信じてみようかと、少しだけ悠は思った。
柔らかな心をずっと傷つけられていて、膿んできていた。だからこそ甘くて優しい言葉は嬉しい。
悠は小さく笑って頷いた。
「さてと教室に戻るか。朝練に出ていて、遅刻してたら仕方がないからな」
「はい」
悠は水谷の言葉に笑って頷くと、二人で部室を出た。
それから、そのまま教室に向かったが、何だか自分のクラスが賑やかなのが伺えた。
「……?」
教室を覗くと、誰かを中心に盛り上がっている。
「…どうした?」
同じ剣道部で仲の良いクラスメートに声をかけると、彼は笑顔で答えた。
「ほら、的場が久しぶりに学校に来たんだよ。なんかドラマの役をもらって、そのロケが開けたとかいってさ、その話をしているから、みんな盛り上がっちまって」
「…へえ」
そう言えば、そんなことを言っていただろうか。
悠を呼びつけても何もせずにいる時、大抵渉は台本らしいものを読んでいた。
渉は外見はどこか軽そうな雰囲気を装っているが、その実はひどく真面目な青年だった。
この数日、一緒にいるけれど、その間も渉は悠に休んでいる間の授業内容を聞いたり、渡された課題をこなしたり、また仕事の下準備を必ずしていた。
一度、数冊の写真誌を買ってくるように言われたことがある。どれも渉が仕事をしたことのない雑誌で、その雑誌を何度も見、どうして自分に仕事が回ってこないのか、傾向を調べているようだった。
そんな姿を見せられるから、嫌いになれないのだと悠は思う。
悠自身、やりたいことのためなら努力を惜しんだことはない。剣道のことについても、朝練前の個人練習なんて、水谷に言われなくてもやれたらと思っていた。
練習をすれば確実に身体についてくる、試合では結果として現われてくれるに違いないと悠は信じていた。
例え、思った通りの結果が生まれなかったとしても、それはそれ、もっと努力する他ないと思っていた。
その悠と同じことを渉も言っていた。
「この仕事を続けていくって決めたんだから、そのためなら頑張るさ」
以前、悠が大変だなと、頑張るなと雑誌を睨み付けている渉に言ったことがある。その時、渉は悠に目もくれず、そう答えたのだ。
渉も努力は結果に結びつくと考えている人間だったのだろう。
もっと違う方法で近づけたならよかった。例え、思いを殺して友人として一緒にいたとしても、そんな考えを持っている渉となら、悠は十分に親しくなれたと思っていたのだ。
「雨なんか、人工当たり前だもんな。すごかったぜ。面白かったし、すげー勉強になった」
きらきらとした笑顔を振りまいて、渉が皆に聞かせる。
そんな渉の言葉を周囲のクラスメートは何度も頷きながら、嬉しそうに頷いていた。
本来なら、一人くらい渉を気にくわないと思っている生徒がいてもおかしくないはずなのだ。なのに、クラスにそんなものはいない。渉の頑張りをただただ皆応援している。
単純に渉の人徳のおかげだろう。
悠だって、剣道部で頑張っているけれど、友人以外のクラスメートが応援にきたことなんて、一度もなかった。無愛想で不器用な悠を応援するものはあまりいない。
「そうなのか」
しみじみと悠がいうのに、友人は驚いたように首を傾げた。
「へえ、羽住って、的場が嫌いってわけじゃなかったんだ」
「…え?」
友人のその言葉に悠は首を傾げた。
「…どういう意味だ?」
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2009.3.7
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