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 幸也はカインの言葉にひくりと震えて、何も言えなくなった。

 なのに、その幸也を見て、カインは薄く笑ったのだ。

 たぶん、本人は笑っていることに気づいていない。

 感情のこもっていない、ただの笑み。

 そんなものが自然と浮かんでしまうほど、カインは深い闇に囚われていたのだ。

「…一宮」

 幸也は知らず腕を伸ばしていた。

 ぎゅっとカインを抱きしめたが、カインはその幸也の腕に身じろぐことなく、ただ不思議そうな目を幸也に向けた。

「…どうした…?」

「…寒いな、一宮」

「……」

「…寒い…」

 ぽつりと幸也が言うのに、カインは目を伏せた。

「以前、山瀬がオレとお前は合うと言っていた。そんな馬鹿なと思った。お前はよく笑い、よく怒る。きっと泣くことも素直にするのだろうなと思った。そんなお前とオレが似ていることなぞ、あり得ない」

 けれど、と口にして、カインは幸也の腕から離れると、そっと幸也の顔を覗き見た。

「お前の目の中に傷ついた影が見える。…そしてあの日、お前は父親からの暴力を受け、あんなところに横たわっていた。…オレと同じ、本当は得られるはずのものを得ることのできない痛みを抱えている」

「…一宮」

 そっと、その薄いカインの唇が自分の唇に重ねられても、なぜか嫌悪感は感じなかった。

 それどころか、その唇がしっくりと自分の膿んだ傷を慰めるように触れたようにさえ思えて、とても心地よかった。

「なぜ、抵抗しない?」

「…わかんね…」

 カインの言葉に幸也は正直に答えて首を振った。

 その幸也にカインはどこか不思議そうな目を向けていたが、やがてそっと片手で幸也を抱き寄せた。

「同情か?」

「…お前に同情する必要があるのかよ、しかも同情でなんであんなこと…」

「なら、許されるか」

「え、…うわ」

 片腕でそこまでどうして力がと思う間もなく、幸也の身体はカインの身体の下に組み敷かれた。

「…一宮」

「…お前はオレの夢だ」

「…え?」

「…このまま、どうか…」

 カインはそう言うと、もう一度幸也の唇を塞いだ。

 今度のキスは触れるだけではなかった。

 何度もキスをされ、息苦しさに開いた唇の中に舌を差し入れられた。

 抵抗しなければと思った。

 だが、カインの腕の中、拒むためには力が動くことはなかった。

 それどころか、幸也の腕はカインの背中に縋るように回った。

「…橘」

 そっと呼ばれ、カッと顔に熱がこもったのが分かった。

 それどころではない、全身がひどく熱くなった。

「許せ」

「…一宮」

 カインは短くそう言うと、もう一度幸也の唇を奪い、その身につけているものを剥いでいった。

 冷たい手が身体をはい回る感触に身が震える。けれど、逃げようとは思わなかった。それどころか、片腕の使えないカインのためにその動きを助けるようにさえした気がする。

 そして、幸也はカインの前にその身を晒していた。

「…橘」

 裸の胸に唇を寄せられ、軽く吸われると、それだけで身体が震えた。

 女とすら経験がない。キスだってしたことがなかった。

 だから、全てが今カインとの行為が初めてだというのに、幸也の身体は逃げようとはしなかった。

 今、ここでこの男から逃げたら後はないような気がしたのだ。

「…一宮…」

 幸也もカインを愛撫するようにその頭を抱き寄せ、髪に指を差し入れて優しく撫でた。

 クセのない綺麗な黒髪が指の間を滑る。幸也がそうしている間にもカインの指と唇は器用に動き、幸也を昨日までとは違ったものにしていった。

「…あ、や…」

 下肢に手を伸ばされ、誰にも触らせたことのない場所にカインの指を感じた。

 ゆるゆると片手で扱かれ、幸也はそのぎこちなさに頭を振った。

「…やだ…」

「…嫌か?」

 もっと強烈な快楽が若い幸也の身体が望んでいる。それを分かっていてなのか、それとも知らずなのか、カインはそこを片手で掴んだまま、幸也に尋ねた。

 そのカインに幸也はひくひくと身体を揺すりながら、請うような目を向けた。

「…や、じゃな…」

「そうか」

 カインは幸也の返事に小さく笑うと、そこに唇を寄せた。

「え、あ…うっ」

 熱い場所に包まれた。カインは幸也の下肢に顔を埋めると、すっかり頭を上に向けている幸也のものを口に含んだのだ。

「…あ、ああっ」

 湿った水音と直接粘膜に包まれる快感、気が狂いそうになりながら、幸也は身を捩った。

 その間にもカインは幸也を快楽から逃がさない。幸也に愛撫を加えながら、もっと奥の隠された場所に指をやった。

「え、そこ…」

「……」

 カインは幸也が一瞬拒んだのに、構わず幸也の奥へとやった指でその周りを緩くさすり上げながら、一瞬綻んだ瞬間、指を入れた。

「…ヒッ」

 短い悲鳴があがると共に、鋭い痛みが走った。

 やめてほしいと口から出かけたが、それは激しい呼吸に遮られた。

 身体の中からまさぐられる、そんな恐ろしい感覚。なのに、身体は少しずつ慣れて喜んでいる。

 カインは幸也がしたたらせた雫を指に絡め、そして指を徐々に増やしてそこを広げていく。

 どうしたらいいのか分からない。

 どうしてこうなったのか、不安で、けれども気持ちよくて。

 そして何より幸也はここから逃げようとは思わなかった。

「…一宮…っ」

 この痛みも快楽も、カインが与えているのだと思うと、それだけで受け入れられる。

 そうだ、元々幸也はカインに興味があったのだ。

 始業式で声をかけ、つれなくされ、いつもならそこで諦めるのに、諦められなかった。

 悪口を言うことでカインに関わろうとしたのだ。

 あの猫だって、確かに捨て猫が不憫で仕方がなかったのは本当だ。誰かに拾ってもらいたいと思っていた。だが、その相手をカインだと選んだのはそこに幸也の特別な思いがあったからなのだ。あの場所にカインが通りかかったのは偶然でも、幸也がカインに声をかけたのは幸也の特別な感情があったからだ。

 あの猫に幸也は自分を重ねていた。母は出ていってしまい、残された父は幸也に暴力を振うだけの存在。強がっていても、まだ子供で、親の庇護を欲しがっていた。

 だが、その親の庇護がもらえないと分かった時、次に欲しいと思ったのがカインからの特別な感情だったのだ。

 猫に自分を投影し、まるで可愛がられるのが自分のように思いたかったのかも知れない。

 投影しなくてもしても、これで親しくなれるという欲得含みだったに違いないのだ。

 そう、それほどまでに幸也はカインに関わりを持ちたかったのだ。

 背中をぴんと反らし、その目を真っ直ぐ未来へと向けている強い男に憧れていたからだ。

 そして今、カインはここに生身の人間として存在している。

 憧れで、遠かったカインが今は近くにいるのだ。

 これほど嬉しいこともないだろう。

 ずっと惹かれていた人が幸也の温もりを求め、この痩せぎすの男の身体を愛撫してくれているのだから。

「…橘、足を持て」

「…あ、うん…」

 カインに言われるまま、膝裏に手をやって足を持ち上げた。そしてその手を足と一緒に左右に広げられた。

「橘」

 カインは短く幸也を呼ぶと、幸也の身体にのしかかってきた。

「え?…ああっ」

 ぐうっと身体の中に入ってくる。恐る恐る違和感の場所に目を向けると、カインが幸也の中に突き立てていた。

「…あ、痛…、一宮…っ」

 ぐっとさらに入り込んでくるカインに信じられないほどの痛みを感じた。思わず苦鳴を漏らした幸也だが、カインは容赦しなかった。

「力を抜け。痛いだけだぞ。ほら、橘」

 カインは痛いと訴える幸也に構わず中に突き入れ、軽く幸也の身を揺すった。

「や、いやあ、揺する、な…っ」

 女のような声が漏れる。けれど、抑えることはできなかった。

 身のうちにカインが入る。じりじりと身体の中が押し上げられる。

 ようやく、カインの動きが収まったと思えば、今度は激しく出し入れされ、揺すぶられ、声はひっきりなしに出た。

「…あ、いあっ」

 幸也は足を持っていた手を離すと、カインにしがみついた。

 そして、言うつもりがなかった、というよりも今まで自覚していなかった想いを口にしていた。

「…好き、…好きだ…っ、一宮、好き…っ」

 一度漏らすときりがなかった。

 好きだと言いながら、カインの身体に縋った。

 そう、この男がずっと好きだったのだ。だからこそ、振り向いてもくれないカインに怒りをぶつけるしかなかったのだ。

 好きだから、ただこちらを見て欲しかった。

「…橘…」

 カインは幸也の告白に一瞬驚いたようだが、動きを止めることなく、片腕なのかと思うほど、幸也を激しく抱きしめ、その身体を貪った。

「…一宮ぁ…」

 前が弾けた。

 その瞬間、後ろをきつく締め付け、その時、カインの動きも止まった。

「…あ…」

 中に出されている。暖かいもので満たされていくのに、幸也はひくんと身体をひくつかせた。

 腹の中がカインで溢れている。なんだか、ひどく嬉しかった。

「一、宮…」

 幸也はカインが中から抜け出る瞬間、その感触と心地よさに目を閉じた。

 そして、そのまま夢の住人となってしまっていた。

「…橘…、…だ…」

 カインが初めて告げるだろう言葉を聞かされておきながら、何も知らず、幸也は意識を解放した。

 ただ、なぜだかとても幸せになれる言葉を聞いた気がしていた。











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2008.9.27

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