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 それから、昼休みが終わると、午後からの授業が始まった。

 やはり授業内容はさっぱりで、幸也は頭を抱えるだけ抱えて、教師にまで同情された。

「橘ー、山瀬にノート見せてもらっておけよー。でないとお前、来年もこの教室だぞ」

「分かってますー」

 留年のことを暗にほのめかされて、思い切り落ち込んだ。

 その姿をクラスメイトが笑うのに、つられて笑って、また教師に怒られた。

 だが、そんな日常が楽しくて仕方がなかった。

 やがて、午後の授業も終わり、帰るぞとカバンを持ち上げた時、外がにわかに騒々しくなった。

「あ、一宮くんだ!」

 クラスの女子が一人叫んだのを合図に、皆慌てて窓に駆け寄った。

 何をしにきたんだと、幸也が首を傾げた時、克己が近づいてきた。

「橘くん、あれ、橘くんを迎えにきたんだって」

「え?」

 さすがにのんびりした性格の克己もそんなことを今言えばどうなるか分かっているらしく、小声で幸也に耳打ちし、携帯を見せた。

「…あいつ」

 そこにはカインからのメールがあり、

『そこにいる、うちの召使いにすぐ学校を出て、オレのところに来るように言え』

 と尊大な口調で綴られていた。

「…早く行った方がいいんじゃない?」

 なぜか克己はくっくと笑いを堪えて言い、その姿に幸也はむっとしたが、克己に笑われる原因になった男を殴る方が先だと、教室を飛び出した。

 上履きから靴に履き替えるのももどかしい。

 幸也は踵を踏みながら、外に飛び出した。

「…橘さん」

 いつものように車の前に宅間が立っていて、幸也に気づくと、そう声をかけた。

「あ、あの、オレ…」

「すみません、お止めしたのですが」

 宅間は苦笑いを漏らして、車の中の上司に目をやった。

 その宅間に幸也はこの人に怒っても仕方がないと、騒動の原因をとっちめてやろうと、後部座席に乗り込んだ。

「一宮、お前なあっ」

「宅間、出せ」

 思い切り文句を言ってやろうと、幸也は口を開いたが、カインは全く気にせず、宅間にそう命じた。

「はい」

 宅間はカインの命令には従うのか、返事をすると、運転席に座り、車を出した。

「お前、目立つことをするなよなっ」

 幸也のカイン嫌いは有名だ。

 なのに、その幸也がカインの車に乗り込んだ、そんなこと、きっと明日には学校中に広がっている。

 恥ずかしいなんてものじゃなくて、幸也は真っ赤になった。

「目立つことなぞ、何もしていない。オレが車で学校にくるのはいつものことだ。そのいつものことにお前という付属があっただけだろう?」

「ふ、付属って、お前…っ」

「そう怒るな、怒った顔はさらに醜い」

「…ッ…」

 確かにカイン以外は皆ブサイクで、醜悪だろう。

 それこそ下手なタレントを起用するよりも、カインが自社の新製品を持っただけで売れるといわれるほどの美貌だ。

 その男にこう言われては何も言えない。

「…くそう…」

 どうにか勝ちたいのに、どうにもならなくて、思わず唸ると、カインはくっくと笑った。

「本当にお前は可笑しい」

「うるさい」

「何か、おもちゃのようだな。見ていて飽きない」

「うるさいっていってんのっ」

「口が立たないから、それか。もっと人間らしく生きろ、お前も」

「あのなあ」

 これは何を言っても無駄だ。

 こうなったらまたスーパーに付き合わせて、今度はカゴを持たせてやると、小さな仕返しを考えていた幸也は、車がマンションに向かう道とは全く違う方向へと走っていることに気づいた。

「なあ、こっち、マンションの方角じゃないよな」

「…ああ」

 幸也の問いかけにカインは軽く頷いた。

「オレの家だ」

「…家?」

 家はあのマンションじゃないのかと、幸也が首を傾げた瞬間、そういえばと思い出した。

 カインには父親と住んでいた家が郊外にあるという。大邸宅で、本当に大きな屋敷だというのを以前テレビで見た。

 元々カインの一宮家はその家のある辺りの大地主で、カインの父親の代になってその周辺の土地を売ったり、貸したりして財をなした。元々名のある名家だったとも聞いている。

 カインの、こともなげに言った言葉に幸也は思わず緊張した。

「そんなところにオレを連れていっていいのかよ?」

 友達と言っても幸也では貧相だろう。

 育ちもそういいとは言えないし、今日の格好だって、よれよれの制服で、あまりいい格好とは言えない。敬語だって、バイト先でようやく覚えたばかりで、随分口調が乱暴なのは自覚していた。

 その幸也を連れていってどうしようというのだろう。

 まさか、父親相手にオレの召使いだと説明する気なのだろうか。

 幸也がうんうん唸っていると、カインはその幸也をちらりを見て言った。

「悩むことはない。ただ、宅間一人では帰りが大変だろうと思っただけだ」

「…帰り?なんだよ、それ」

 だが、今度こそカインは幸也の疑問に答えるつもりはなくなったのか、黙って腕を組み、目を閉じてしまった。

 その姿に幸也はもう答えてはくれないようだと悟って、そのままシートに身を預けて、黙ったまま外の風景を睨んでいた。

 なんだか、ひどく空気が重くて辛かったのだ。

 家だと、カインは言ったが、そういう口調がどこか空々しくて、カインは本当は帰りたくないように見えて仕方がなかった。











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2008.9.6

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