その後、新一は事の真相を両親に話した。

 思い出したのだと新一が説明したのだが、なかなか二人は信じなかった。けれど、新一が連れてきた亮介と話をするにつけ、新一の話を本当のことだと思うようになったらしい。

 自分の両親への弁明がすんだことで、新一は亮介の両親にもと思ったのだが、それは亮介が止めた。

「うちの親はいいんだ。これで実はあれは新一が一人で起こしたことだって分かったら、また図に乗るし。今のまま、息子がよその子供に怪我させたんだって思って、おとなしくしておいてもらう」

 自分の親のことだろうと新一がいうのだが、亮介の親に対する評価はかなり辛く、新一がなおも言い募っても一向に聞かなかった。

 そして、亮介は期限の一ヶ月が過ぎても、そのまま寮に居座ってしまった。

「ここの方が楽なんだ」

 ベッドに寝転んで、雑誌を読みながら、そんなことを言う。

「あのなあ、リフォームすんだんだったら、帰れよ」

 新一は何度もそう言ったのだが、やはり一向に聞かない。そして、もうひとつ、聞かないこと。

「眼鏡かコンタクトをつけてくれ、頼むから」

 近眼のくせにやはり何も矯正をしてくれず、じっと人の顔を見るくせをやめない。

「面倒くさいから、いい」

「…あのなあ」

 新一との恋愛が叶っても、面倒くさがりは変わりないらしい。困った男だと思いつつも、それ以上いう気になれない新一の甘さにも原因があるだろう。見えないというなら、代わりに見てやればいいんだからと思ってしまっているのだから。

「なあ、新一」

「ん、はいはい」

 それから、亮介が近眼でなければできないこともある。

「何?」

 亮介の目が悪いから、という理由があるから、こうやって唇が触れるほどの近さで亮介の顔を見ることができる。

「…新一」

「…りょおちゃん」

 用というのはこれだと抱きすくめられる。

 二人きりの時だけたまに呼ぶ、子供の頃の呼び名に亮介は目を細めつつ、新一の顔を覗き込んだ。

「俺に本当に眼鏡とか、コンタクトとかつけて欲しい?…リフォームできたからって、ここ、出てもいいの?」

「……」

 拗ねた声を上げる亮介に新一は笑う。

「いや、俺は近眼の浅見が結構気に入ってるし、俺がまた背中が痛いときには暖めてもらわないといけないから」

「…それだけ?」

 強い視線が新一の目の奥を覗き込む。

 その目に新一はやはりこの男は性悪だなと思った。

 こんな目で見られたら、確かに普通ではいられない。

「…おまえが好きだから、ずっと側にいてほしいよ」

 だから、感情のまま、正直に言った。

 側にいて欲しいと、その目で近くから見つめて欲しいと。

「…新一」

 ぎゅっと抱きしめられて目を閉じる。

 傷跡を辿る亮介の指に答えて、新一は亮介の背を強く抱いた。

「ずっと側にいる、いさせてくれよ」

「ん、りょおちゃん」

 亮介の言葉が胸にじんわりしみて、やがてくじらの形になる。

 あの、他愛ない噂話に近い、けれど、信じるものには大切な、伝説のくじらの石に。

 あの時のくじらの石は新一の机の奥深くに隠してある。

 この石もいつか葉山のように、大切な思い出と語られるようになるだろう。

 その石に願ったことはただひとつ。

 くじらの石を誰かに見せて、大切な思い出と語れたとき、その時も亮介が傍らに変わらずいてくれること。

 ただ、その願いは自力で叶えるつもりだけれど。

 新一は亮介の腕の中でそう思っていた。











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2007.3.31

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