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享は隣を歩く、不機嫌な男にさきほどから笑いが止まらなくて、必死で口元を押さえていた。「笑うなよ」
「けど…」
「けどっていうな」
俊明が相変わらず不機嫌なのに、享はくすっと笑いを漏らした。すると、俊明はどこか拗ねた目を向ける。
また、嫉妬しているのだ。
あの日、やっと関係を修復した享と俊明は、翌日俊明の手によって、見事にスタイリッシュに仕上がった享が、俊明に好きだと告げることでまた新しく関係を築き始めていた。
そして今まで鍵を閉めていた宝石箱の中身を開いてしまった俊明は今度は享を隠す、ではなく、いかに自分色に染めるかに意識を向け始め、これが似合う、あれがいいと享を飾り立て始めた。
それが全部俊明のプレゼントだったものだから、享は必死で遠慮したのだが、離れている五年間、プラス付き合っている間にできなかった分だと言い張るものだから、好きにさせることにした。
それにこれ以上言っても実家の会社を継ぎ、若くして専務の位置にいる俊明、自分で稼いだ金で享にプレゼントをしているのだ、それを止めてもきっと臑をかじって手に入れた金じゃないんだからと押し切られるに決まっている。
そうして、享を飾り立てて満足していたはずの俊明だが、今度はその結果が気に入らなくて怒っている。
「ったく、あのくそ親父、なんだっていうんだ」
「くそ親父って、飯塚さんは俺の雇い主だぞ」
さっき、待ち合わせの場所で俊明が来るまで享は飯塚と話していたのだが、それが俊明は気に入らないらしい。何しろ出会いが最悪だったのだから、仕方がないだろう。まして、飯塚が享に気があるのを俊明は薄々感じ取っている。
「だけどなあ、俺がおまえを綺麗にするのは俺のためなんだ。そこらのやつのためじゃねーの。まして、あの親父のためじゃねー」
「おまえなあ」
嫉妬深さは以前と変わりない。ただ、そこに享への強い恋心が覗くために享は決して不快にも窮屈にも思うことなく、その嫉妬を優しく感じていた。
「それにさ、おまえもなんでそう無防備なんだよ。ったく、ナンパもされてるし。…あーっ、むかつくっ!」
せっかくセットした髪をがしがしと俊明が掻きむしる。その手を享はやんわりと押し止めた。
「ほら、なんてことするんだ。せっかくの男前が台無しだろう」
「だってよー」
箱を開けて驚いたのは享も同じ。こうやって拗ねて見せる顔はまるで子供だ。五年前はもう少し大人びて見えていたはずだが、あれは完全にポーズだったらしい。
だが、それは享よりも先に歩美が気付いていたが。
『だってね、お兄ちゃん』
俊明とよりを戻したことを告げた時、歩美があの毎年かかってきていたバースデーコールのわけを話してくれた。
『あの電話ってね』
「ったく、おまえがそんなにスタイルがよくて、性格もいいっていうのが一番悪いんだ」
「…おまえ…」
褒めているんだか、けなしているんだか。
攻撃の方法も五年前とは天と地の差があるものだと俊明は思って笑った。
「けど、俊明だけのものだろ?俺は」
「……」
甘く囁けば、拗ねた顔がやがて赤く色づく。
ゆっくりとほだされていく表情に享はにっこりと笑った。
『俊明さんが言ったのよ。五年も会えないなんてそんなの我慢できないーって、半泣きで。けど、罰なんだから我慢しなさいって。けどね、それじゃあ、ご褒美はっていうのよ。我慢できたご褒美はないのかって』
歩美の楽しそうな声が響く。
半泣き、だって。この格好付けの男が、7才も年下の、当時まだ中学生だった少女に泣きついて、その上でいなされた、なんて。
そして、我慢をしたご褒美が欲しいと強請った、なんて。
「何、笑ってんだよ」
機嫌がよくなってきていたはずが、享の笑いに気付いてムッとする。その顔に何でもないと笑って、享は小さく言った。
「俊明が好きだなあって思ってたんだよ。一番好きだなって」
「……」
享の言葉に照れて、ふいと顔を横にやる。これが素だというなら五年前のあの意地の悪い言動はかなりの苦労の上だったのではないだろうか。
そんなことまで思いながら、享は人が多いことを理由に俊明に身を寄せた。
「…享」
優しい声。その声が切なく響く。
『あの電話はね、一年に一回、一年間はお兄ちゃんに会わずに我慢できた俊明さんへのご褒美だったの。本当に言いたい、お兄ちゃんのその日には言えない代わりに、わたしへっていうことでカモフラージュして、お兄ちゃんの声も聞けるってことでね』
歩美の声が軽やかに響くのを思い出しながら、享は俊明を見つめた、
その享に俊明はほんの少し身をかがめると、そっと囁いた。
「俺も好きだ。それから」
五年越しでやっと届いた言葉。
五年越しでやっと言えた言葉。
『あれは本当はお兄ちゃんへのバースデーコールだったのよ』
「誕生日おめでとう、享、もう二度と、離さないから」
今日が享のバースデー。五年ぶりに本当のバースデーコールが俊明から届いた。
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